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チリウヒーター

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BOSSのひとりごと 2019年2019

1901 源頼光館土蜘作妖怪図

 以前紹介したように、浮世絵に見られる江戸庶民の反骨精神はなかなかのもので政権の締付けにもめげずに昨今のマスメディアよりも元気に戦っていましたが、こちらもその一例。江戸市民が自由な経済活動で豊かになる一方で、米に依存する幕府の財政は寒冷期(小氷期)による大飢饉もあって厳しくなり、老中水野忠邦は1841年に不人気な贅沢禁止令と緊縮財政の天保の改革を打ち出します。鰻ダメ、女髪結いダメ、浮世絵ダメ、落語ダメ、綺麗な着物ダメなどなど。このあおりを食らって飯の食い上げになり、憤懣やるかたない天才絵師、歌川国芳が能「土蜘蛛」を題材に描いて江戸で大評判になったのが「源頼光公館土蜘作妖怪図」(ミナモトノヨリミツコウのヤカタにツチグモがヨウカイをナス図)です。病気の源頼光と家来の四天王を土蜘蛛が妖怪群を送って攻める絵ですが、江戸の人々はこの絵を、惰眠をむさぼる将軍家慶、悪政をする老中水野忠邦と三人の老中達と、悪令に苦しむ庶民の恨みが髪結いの妖怪、寄席を禁止された噺家の歯の無い(はなし)妖怪、うなぎ屋の妖怪、富くじの妖怪などに化した絵と読み取って、これこそわれらが憤懣を絵にしたものと大人気を博しました。5人の侍が誰々かは着物の家紋や模様で分かるらしいのです。絵師国芳が本当に風刺の意図をもって描いたかどうかは諸説がありますが、国芳も版元も「そんなつもりはありませんでした」と宣言し版元・伊場屋仙三郎は版木を処分して処分を免れました。だが既に巷には大量の絵が出回ったあとで、今では早稲田大学、ボストン美術館、オーストラリア国立図書館など世界中に所蔵されています。実は筆者も持っています。本物の江戸時代のものですよ。拡大された絵は下記で見られます。
http://nla.gov.au/nla.obj-151442970/view

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